今日の夕飯は、ぶり大根にする予定でいます。

今日の夕飯は、ぶり大根にする予定です。ブリが随分長らく冷凍庫に眠っていたので、それを使うのと、随分前に買っておいた大根がもうしなびてきそうだったのでそれを使います。調味料はもう冷蔵庫にあったので、良かったです。けれども今日使ったら料理酒がすんでしまいました。また買ってこなければ。私の家の料理酒は、万丈のものを使っています。入っているボトルが持ちやすくて使いやすいので最近はそればかり使っています。時々頂き物のお酒も使う事がありますが、お酒を変えるだけで料理の味が変わるので驚いているところです。私は今回クックパッドをみてぶり大根を作りました。クックパッドは本当に便利だと思います。プレミアム会員になって、いつも一位の料理を作っていますが、必ずと言っていいほど旦那さんや子供から美味しいと絶賛されるので、本当に助かっています。これからも料理の腕を磨いていこうと思います。今日のぶり大根もおいしいと言ってくれると良いな。

今日の夕飯は、ぶり大根にする予定でいます。

娘の好みに合わせたカレーライスは大人が食べても美味しい

2歳の娘の食事、毎日3食考えて作るのはなかなか面倒なことです。
食べられる食材が増えたとはいえ、まだ噛み切らない食材やアレルギーもあり、メニューも限られています。

先日メニューに困って娘に「何が食べたい?」と聞いたら、「カエー」という返事が。
カエーってなんだ?と一瞬戸惑いましたが、どうやらカレーライスと言っているように感じました。
なのでその日のお昼はカレーライスに決定しました。

娘はお肉に少しアレルギーがあるので、お肉は使えません。
お肉の代わりに子供用ウインナーを代用することにしました。
人参や玉ねぎは食べやすいように小さく刻みました。
食べやすい大きさのコーンも入れ、鉄分も取って欲しいので最後にほうれん草も一緒に煮込みました。

大人の好きなお肉やジャガイモも入ってないけど、美味しいのかな?と不安でしたが、一口食べてビックリ!
とても美味しくて食べやすいのです。
具材が小さいので滑らかだし、子供用ウインナーも優しい味でカレーの風味とマッチしていました。
おまけにほうれん草で鉄分も取れて一石二鳥です。

娘用に作ったカレーライスでしたが、大人の私が食べてもとても美味しか仕上がりました。
夕方仕事から帰宅した主人も、モリモリ食べてお代わりしてくれました。
また絶対作ろうと思います。

娘の好みに合わせたカレーライスは大人が食べても美味しい

生きる為に必要な物は最低限確保できるがしかし!

生きるとは、単純に生きるとだけ意識すれば皆さん普通にできているでしょう。しかしどう生きるかを最近になって考えさせられたりします。ベタな話、結婚して家族ができて家族の為に生きる。その子供もやがて結婚して家族になり孫の笑顔の為に生きる。独身者なら趣味に生きる、仕事がもはや生きる為の全てという方も勿論居ます。
さて、私が言いたいのはそういう表舞台のお話ではなく裏舞台といいますか浮世離れになるのか不明ではありますが一般的ではないお話です。
そう、やりたい事がありそれに向けて迷惑かからない程度に生きるそういう人はいいのです。それは素晴らしい事なので同意と賛同できます。そうではなく、ある人から考えさせられた生きる為に最低限必要な物は?というお話です。
彼の過去は知りませんが知り合った時からギャンブル狂でありとにかく日雇いバイトが終わればすぐに競馬に競艇にパチンコなどに1日の稼ぎを費やしていました。翌日からお金は小銭数枚でジュースを買うこともままならない日々です。でも日雇いバイトなのでお金は毎日働けば貰えるので死ぬ事はなかったのですが、彼は毎日ギャンブルで他にやることがないようでした。ある日多少の儲けが出たみたいで仕事にこなくなりました。たかだか数万円程度で仕事を無断欠勤してギャンブルしてたようです。彼の家はそういう人向けの宿で1日1000円程度の安い宿でしたが、それすら滞納してて帰れなくなっていました。
高齢で身寄りもなく職を失いお金も失いあげく家までも失った彼に待っていたのは餓死、かと思っていましたがなんと小銭を拾いなんとか生き延びているみたいです。
さらに彼は生活保護を受けようとしているようだと小耳に挟みました。そのような話を聞いて私は思いました。なぜ彼はまだ生きようとしているのか?私なら静かに死を選びます。彼は様々な方からお金や物を借りて迷惑をかけまくり姿をくらましています。全てギャンブルに費やし今は街をさ迷っています。拾った小銭でパンを買ったりして生きているようです。彼にとっての必要な者とは何なのか?そうまでしてなぜギャンブルを続け仕事を放棄したのか?私には未だに理解はできません。家を失い小銭を拾いパンにありつくのが彼の最低限必要な物なのか?自由が大事なのか?これらの話を聞いて私は生きる為に最低限必要な物は何なのか?ますますわからなくなりました。理解できないが、そこに人間という心理が何か隠されているのではないか?深読みしてしまうくらいです。
長くなりましたが、今現在の社会ではタイトルにある通り生きる為なら彼のような生活でも生きていけるようです。生きる為にの意味がそれぞれ違うと思いますが、何より私からすれば彼はもう死んでいるのと同じだと思います。最低限確保できるからこそ甘えの抑制が効かなくなり堕ちていく。しかしどうする事もできないのが現実です。
生きる為に最低限必要な物さえあればどうなってもいいのか?色々考えさせられる内容でした。ちなみに彼が路上生活になった期間はたったの5日程度だという事です。

生きる為に必要な物は最低限確保できるがしかし!